コーチング?アドバイスってどうよ?そこに潜む自分のエゴ

自戒の意味を込めて書きます。

とーにーかく、人によく聞かれます。

自分だったらこういう感じで進めて行って、
こうしてあーして、と聞かれたら、一から十まで
全部答えてしまいたいわけで、わいを頼ってきてくれたわけだから、
それなりに相手方に
がっかりさせたくないわけだしーーーーーーーーーー・・・。

他にも人から頼まれることも多く、頼まれると全力でその人や団体を
サポートしたくなるので、頑張り過ぎちゃうところがあります。

頑張り過ぎちゃう、と言えば、聞こえはいいんだけれど、
要はおせっかい過ぎちゃうときもあって、この歳になって、
いかんいかん・・・。let goさせなきゃ。

相手は相手、自分は自分

と、ふふ〜〜〜ん。(余裕)と控え目に
行動できるように努力をしています。

最近はこういう事につきあっている時間はない。と
思ったら、何もしません。笑
相手からの評価がそこまで気にならないようになってきました。

でもその境界線がとても難しくて、日々修行なわけで。

。。。

悪気はないんですけどね、聞かれた事の10倍ほどの答えを伝えて、
でもふと、それって自己顕示欲の為に、ただ相手をコントロールして、
自分の思う方面へ向かせたいだけなのかもしれない。
と思ったのが、前回のカフェでの仕事でもありました。

わいは店の事を思ってーーーふんばるどー!と給料未払いで
エゴまいてましたし、終いには今でも未払いなまま終わった仕事な訳ですが、
結局のところは、ただ単なる自分のエゴだったのかもしれないな。

と、やっと消化できた感があります。

今思えば、要はそのセミナー料としての代価が
その未払い分の給料だったのかも。笑

頑張りに対して、その対価が支払われない、というのが
ひどくわいのプライドを傷つけたんだな、きっと。
ここまで客観的に見られる事ができるのに3年ほどかかりました。(*_*;

頑張れば周りから評価もされ、1つの仕事が終わっても、
そういえばあの人・・・。と声を掛けてもらえることも
増えてくるし、次に繋がる事がとても多いこの国ですが、
実は頑張るのは、相手や周りにも期待しすぎていて、
他力本願な部分も深層心理としてあったのかもしれません。

自分勝手に自分本位に相手に期待をしていた、というか。
同じ立ち位置ではなかったのかもしれません。

 

。。。

他にも、相手をコントールする、という意味では、
【毒親】がメルボルンでもじわじわ浸透してきていて、
Codependant(コディペンダント)と呼ばれる、共依存の人が
増えてきている、と職場の人達とのランチ会で聞きました。

「子供がいるカップルが離婚して、へー。それで別居して、
コペアレンティング(パートナー間で行き来しながら子供の面倒を見る)
してんの?(こちらでは普通の事です。)」と聞いたら、
「んーーーー・・・それが、まだ一緒に住んでるんだよね。
しかも相手には新しいパートナーがいるねんけどさ。」

と聞いて「何じゃそりゃ!でも新しいタイプ来たねー!!」と
話してたら、「多分Codependant なんじゃない。」との事。

そして共依存のルーツにあると考えられているのが、
Narsistic Abuse(ナルシスティック アビュース)と呼ばれる
ナルシストな親の下で育つ子供に多いらしい、ということ。

Narcissistic abuse 

Narcissistic abuse was originally just defined as a specific form of emotional abuse of children by narcissistic parentsparental narcissistic abuse, where parents who require the child to give up their own wants and feelings in order to serve the parent’s needs for esteem.[1]

The term emerged in the late twentieth century due to the works of Alice Miller and other Neo-Freudians, rejecting psychoanalysis as being similar to the poisonous pedagogies.[2]

Self-help culture assumes that someone abused by narcissistic parenting as a child likely struggles with codependency issues in adulthood. An adult who is or has been in a relationship with a narcissist likely struggles with not knowing what constitutes a “normal” relationship.[3]

In recent years the term has been applied more broadly to refer to any abuse by a narcissist, in particular adult-to-adult relationships – adult-to-adult narcissistic abuse.[4

WIKIPEDIA より抜粋

なんやかんや買いてますが、要するに
自分をよく見せたい為に親が、子供に色んな事を強要します。

昭和に生まれて、まだ色んな事に関するリサーチが発展途上だったあの時代、
自分も子供時代、生きる事に息苦しく感じていたのも事実で、
そういう時代で、親も考える暇なんてなかった時代だったんだよ、と
いっちゃーそれまでですが、もう少し自分らしく、
生きられていたら、今とは違う自分がいたのか?

この共依存の件を聞きつつ、考えましたが、
高校を卒業して、ブリスベンで留学生活を1年半させてもらって、
こ・・・これほどまでに楽しい人生があったのか、と開眼したのも事実です。

もう、本当小学校5年〜中学校3年の間って、
自分の中では本当ブラックです、ブラック。。。
本当毎日が嫌だった。

結局、卒業後は短大や大学に友達が進む中、
留学というOff the Rail, 無難なレールから脱線したんだけど、
そこにはまた別のレールや行き先がそこには拡がっていたんですよね。

。。。

この頃コーチングとかのビジネスも流行ってますが、
人生辛くてすがりたい気持ちも分かるんだけど、
人の人生をこうだよ、ああだよ、ああするといいよ、と‘コーチ’できる人って、
いやちょっと待って、一番尊重しなければいけない、
その人の人生であるべきはずのものに茶々入れられるて、逆にあなたは
どんだけえらいんだ?って正直思ったりもします。

実際に自分が地を這うような地獄の経験をしたことがないから、
こんな呑気な事を考えらるんでしょうか。自分の中からしか
自分のやりたい事とか出てこないと思うんですが。
本来人に伝えている、時点でそれは自分の中で答えは出ているらしいです。

自分の人生を“コーチング”してもらって、助かる人も多いんだろうか、
でもそれも一種のディペンダント(頼る)で、Codependantな気もします。
あなたの本心ではないかもしれない、でもコーチがこういうから、
と自分の本心を隠して、やることもあるのかもしれない。

でもそこからその自分の本心に気づけるのであれば、
それはそれでコーチング料払った甲斐はありますかね。w

亀の歩みでも、自分なりの答えを導びきだして、
結果、他とは考え方が違うけど、それはそれで自分だから。と
違っても干渉しない/されない寛容さが必要な時代かな、と思います。

相手が本当に必要としている時にだけ、ふと手を差し伸べられるような、
そんな人になりたい、と思っています。

 

 

 

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