6月に職場で多文化啓蒙の一貫として研修を受けたのだが
プリビレッジ(Privilege・特権)について考える機会があった。

特権??って何?とあまり普段の暮らしで考える人は
少ないと思う。

その研修時に教えてもらったこの動画を見てもらったらわかるんだけど、
スタートラインは人それぞれに既に違うこと。


「レースを始めます!勝者は$100がもらえます!!
でもレースを始める前に該当者は2歩先に薦めます!」と
ファシリテーターが伝える。

まず、(キリスト教ベースなのでちょっと偏りあり)
お父さんとお母さんが家にいる。
父性を発揮する父親を見てきて育った。
昨日、晩ごはんを食べた。

・・・などなど

結果ゴールラインに近い人達が何人もいるが
逆にスタートラインから一歩も薦めなかった人達もいる。

当たり前のことが、当たり前ではない人達もいっぱいいる。
自分の努力は度外視して、周りの環境が違うだけでスタートラインは
人それぞれ違う。

Photo by Ava W. Burton

これが特権

人の一面だけを見て自分の固執した考え方で
あの人はこうだから、と決めつけてしまってはいないだろうか。

環境が人を作る、多面的に物事を捉えて
考えて判断する時代になってきた。

日本や豪州では水道水が飲める、というのも特権だし、
当たり前のように受け入れて頭の中で感じてさえいないことが
第三諸国と比べるとそれが特権。だったりすることが
めちゃくちゃいっぱいある。

今日生きられるだけで、丸儲けと思える、国はまだこの地球上に
たくさん存在する

そんなスタートラインが100歩ほど後ろな国の人達が
サバイバル上しょうがなく起こしてしまうことについて
だからあの国は。。。などとステレオタイプ的な目で
見てしまっていないだろうか。

2019年の東京大学、上野千鶴子さんの祝辞を聞いた時に
自分は誰かに助けてもらわないとここまでやってこれなかったんだな。と
周りの環境が自分を育ててくれたことに、とても感謝したのを覚えている。

(抜粋)

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。

ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、

あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。

あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと…たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください

恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。

そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください

女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です

平成31年度東京大学学部入学式 祝辞より

平成31年度東京大学学部入学式 祝辞

たまにふとこの祝辞を見て自分を奮い立たせている。

過去を振り返ることが多かったりする中、
今の自分がいるのは、過去の経験で一緒に時間や場所をともにしてきた
人達のおかげなんだな、と思える。

上野千鶴子さんの存在を知ったのは20年ほど前なのだが
多分この時に上野千鶴子さんの本を「これおもろいで。」と薦めてくれた人と
出会っていなかったら、この祝辞もここまで心に響いてこなかったかもしれない。

日本に住んでいた時の派遣先でいわゆる”頭のいい大学”を出た方達と
職場が一緒になって、彼ら/彼女たちが薦めて貸してくれる本の良さや、
的確な意見、そしてこうありたいな、と思える人間としての意見に触れ、
そんなロールモデル指針を導いてもらえることが多くて、
とても学びの多い職場だった。

そう思うとそこに派遣してくれた派遣会社にも感謝だし、
ちゃらんぽらんなわいを迎えてくれた職場に感謝なのだが
自分のしてきたこと、やってきたことに目を向けると
本当に感謝するところがいっぱいで感謝しきれないほど。

周りに助けられる、というのを若い頃から
ひしひしと経験しているので環境が自分を作ってくれるというのが
痛いほどよく分かる。

一番最初のその出来事はわいが19歳の時に経験した。

わいは高校を卒業したと同時に「生きた英語を学び、
それを扱っていく人生を歩みたい。」と思ったので
進学を望まなかった18歳。

オーストラリア、ブリスベンでいろんな国から来た人と一緒に
英語を学んで、考え方の視野が拡がってこういう考え方も世界には
あるんやな、と若い頃に経験できたのはこれも特権の一種だったと思う。

これは出資してくれた両親へ感謝してもしきれない。

19歳になって日本へ帰る前に仲良くなったインドネシアの子を
訪ねてジャカルタへ経由で帰ろうと計画。

今思うと24年前のインドネシアへ現金等も知識等もほとんど持たず一人で
しかも連絡が取り切れていない友達がいる“ジャカルタ“へ飛んだわいは
今思えばほんまヤヴァかった。w

A○Zのカード、マスターカードって付いてるし
「あっちのATMでお金おろせるよね。」なんて思っていた。w

Photo by Ross Parmly

最後の旅行に、とケアンズで当時恋人だったスーと(一時期の)
サヨウナラ。をし、これから遠距離恋愛なんて耐えられるのであろうか。と
19歳のわいはアホなほどセンチメンタルに飛行機でも泣いていた。

おまけになんで連絡も取れない友達を訪ねて
ジャカルタ経由にしてしまったのか、と考えると
その不安も相まって、余計に涙が止まらなく
不安でしょうがなかった。

(ジャカルタに着いたらもう友達は諦めて
とりあえず一番早い次の関空行きに変えてもらおう。)

そう思っていた矢先、前の席のおじさんが「Are you all right? 大丈夫ですか?」と
声をかけてきてくれた。

やっべ。よっぽど泣き声漏れてた?と不安になったのだが
カクカクシカジカ状況を説明したら、ジャカルタで次の便があるか、カウンターで
聞いてあげる。と言ってくれたのでしばし安心して、
おじさんと話をしたらおじさんはマレーシア人で、
ジャカルタには仕事で行くらしい。

その時にインドネシアとマレーシアの言葉はほぼ同じなので
意思疎通は簡単、ということを教えてくれた。

結局ジャカルタについたら次の便は2日後とかのことだったので、
おじさんにホテルをどこも予約していないので
バジェット型の女性が一人でも泊まれるようなホテルは
知ってるか?と訪ねたらそれも手配してくれて、しかもホテルへ
一緒に送ってくれた!!!

ホテルへ送ってくれる・・・という時点でなんか不穏な香りもしたのだが、
それを察したのかおっちゃんとタクシーに乗っていたら、その時

「昔ねーおっちゃん、日本でちょっと仕事をしてたことがあって
その時、本当にいろんな日本人の人にねー助けてもらってねー。
今度は僕の番やなーと思って、今あなたを助けてるよ。」

教えてくれた。

ホテルのフロントで状況まで説明してくれて
2日後の便で日本に帰るのでその時のタクシーも手配してくれて
本当、ありがたかった。

このA○ZのATMカード使えるかな?と挑戦してみても
お金は下ろせなかったので(当たり前だろ、24年前。(^_^;))
おっちゃんがお金も2日困らない分持たせてくれた。

しかしたまったまその時、日本の家族とその夏に
シンガーポール・マレーシア満喫!マラッカ海峡を渡る!旅行に
行くことになっていたのが幸いで、おっちゃんに
その時にお金絶対返します。また会えるかな?と言うと
「もちろん!」と電話番号とメールアドレスをくれて、
おっちゃんはまた空港に引き返していった。

ほんまおっちゃんに感謝。
このおっちゃんいなかったら、どっかに売り飛ばされて
いたかもしれない。笑

そしてこの時、これほどこのおっちゃんを日本で助けてくれた人
ほんまありがとう〜〜〜〜と見知らぬ日本人の人達に
感謝した日はない。

後日、無事におっちゃんに家族で一緒にお礼対面をして
ちゃんとお金とお土産も渡して一件落着。

でもそのお金をその後マレーシアのティータレ(ながーくお茶を出すやつ)の
お店につれていってもらって、ごちそうしてもらった。という
とことんいいおっちゃんなのでした。



そして、この一件から人間捨てたもんやない。
ほんまに困った時は誰かに助けてもらえる。
ということを
学んだ気がする。

インドにも

この世に生まれたら必ずいつか他人に迷惑をかけるのだから、
あなたも他人の迷惑に寛容になりなさい。
というのがあると知って
うまく言えてることやなーとわいの心の拠り所でもある。

人に迷惑をかけてはいけないと教えられて育つ日本の道徳とは
真逆なんだけど、迷惑かけてしまう方が現実的で
事実に基づいているのだから、インド的教えの方がしっくり来る。



多分今、わいがこのおっちゃんぐらいの年齢になったと思う。

職場の20歳になったばかりの学生のモリシャスの子を見たら
同じ目で見てしまう。w お母さんがわいと同い年らしい。笑
自分が子供を持ったからというのもあるけど、
(なんかほんまに困ったことあったらいつでも言いや。)と
思ってしまう。

彼女の性格上、しかも友達もいるだろうしわいには
言わないとは思うけど、頭の片隅のセーフティーネットで
覚えておいてもらえると嬉しいな、と思う。


弱みを見せるのが難しい人やプライドが邪魔をして
言えない場合もあるかもしれないけど、人間は誰しもが
弱い一面を持っている。

誰の得にもならない猫も食わないプライドは一旦置いといて、
人に話を聞いてもらうというのはいいことだと思う。

でも大体あの人に話しを聞いてもらおう。と思った時点で
自分の中で答えは出ているらしい。というのをどこかで見た。

話を聞いてもらいたかった人がその後いい反応をしなかったのであれば
その人の器はそれまでだった。と割り切ろう。

過去にいろんな人達に助けてきてもらったように、
できる限り、感謝の念を忘れずに、自分のできる範囲で
困った人には手を差し伸べていきたいな、と思う。

4 件のコメント

  • まあなんと自分に似た人生の流れでここに行きついてたのねと、知ったわぁ。私はシンガポールで親切なおじさんに会ったわ。(笑)やっぱり人生捨てたもんじゃないし、特権の中に生きていることも決して忘れてはいけないね。ありがとう。

  • >mamekoさん
    意外にやっぱり誰かに助けてもらったことがある経験を持ってる人は
    人を信じる傾向にあるのかもね。してもらったから同じく、そういう立場になったら
    助けてあげたい。って。

  • 同じ経験をしても助けてもらって感謝する人と
    最悪やった!と愚痴る人いろいろです。
    もろてんさんは前者なので幸せな生き方だと思います。
    またお邪魔しますね!

  • > セバさん
    確かにそうかもしれませんね。その人の考え方次第というのもありますね。
    思いついていないことだったで新鮮でした。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

    このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください