Photo by Dmitry Ratushny


あの人【a】が抜けているだの、発音がきれい、
日本語アクセントだと恥ずかしい・・・などなど。
最近色んなネットの場面でよく目にします。

自分を振り返ってみれば、自分もメルボルンに来た当初は
「私、英語話せないので・・・。」と
わけのわからんことを英語で言ってました。w

今考えれば、ちょっとボーダーラインなヤバさの事
言ってましたね、わい。笑

自分が言語ポリスになってしまっていませんか?

日本に長い間住んで、海外に引っ越してきたら
「私英語できないので。」的な気持ちになることの方が
多いと思うし実際、こうした言語の呪縛にとらわれている人達を見ます。

でもこれは英語に限らず、言語問わず海外在住歴が
長くなれば長くなるほど、特に昨今のテクノロジーの発達も伴って
言語に対する執着心は在住歴&歳と共に、なくなってくることの方が多いと思います。(わい調べ)

なので、若い世代の人達は心配しなくても大丈夫ですよ♡

今、心配なのは自分も昔若かったのでわかりますが 笑
個人的な経験から言うと歳を取るって白髪増えるとか
お腹出てくるとか、肥えてばっかりやーとかそういうことだけではなく、(TдT)
心の変化も若い時と比べてかなーーーり違いがあるので
歳を取ることも悪いもんじゃーありません。☻

自分もこの歳になって割り切れることとか
許せることとかかなり増えました。

いつかあなたが辛い時に(あぁ、、、そういえばあの時
ポンズのおばはんこんな事言うとったなー)と
思い出していただければ。^^

40数年人生の内の半分が豪州暮らしになって
日本に住んでいる同じ年代の人とは少し違うので、
的は結構得てると思います。

でもこの言語のストレスがきつかったら
海外暮らしは多分かなり厳しいと思われ。
(よっぽど言語学者とか、翻訳家とか、
海外赴任とかではない限りね。)

・・・なんというか、わいの経験では【言語の執着心/呪縛】が
歳と共に自分に吸収され、だんだん自分と一体化されてくるというか
ぶっちゃけ発音とか正直どーでもよくね?となってくることの方が
多いと思います。

そして気づくんですよ、言語って自分達人間がずーっと昔から
培ってきた人の叡智でもあり、言語というものができたありがたみを
感じてくるはずです。

言語よ、生まれてきてくれてありがとう♡と
愛を感じてくるようになってくる。笑 まぢで!w

おー!違う言語話すねんな!!!と
愛情すら湧いてきます。

Photo by Sigmund

だから今になって大阪のおばちゃんが、ひったすら大阪弁で
スーに話してくる気持ちが今になってわかってきます。笑

要は言葉は違えど、
話してくれる=その人と繋がりたい♡ていう愛情表現なんですよね。
そんな表現を見せてくれたら、受けないわけにはいかない!!!w

英語下手とかどーでもいいんですよ。スーも難しい日本語は話せないから。
なんやかんや身振り手振りでやりとりして、楽しかったな。
でも結局飴ちゃんもらって、愛情もらいまくって終わったなー的な。w

大阪は関東圏の友達に言わしたら、外国説もありますが
まーそうやって話してきてくれるおばちゃんの多いこと。w

話がそれましたが豪州は英語区域なので、英語に関していうと
南アフリカ英語も、インド英語もスコットランド英語も、
マレーシア、シンガーポール英語でも、パプアニューギニア、
ジャマイカなどその土地の言語と混ざったピジョン英語と呼ばれる英語でも
アクセントは色々あれど、属性では英語なんですよ。

多分、大航海時代に一世風靡を果たしたスペイン語や、
フランス語、ポルトガル語も同じような植民地時代から
続いている派生語がきっとあると思います。

他にもネパール人だけど、ボリウッドを見てたからヒンディは分かるから、
英語よりヒンディで会話しようかとか、スイスジャーマン、
フレンチジャーマン、イタリアンジャーマンとアクセント違うけど、
3つとも分かるよ。

あなたモントリオール出身(カナダ)なのね?フランス語の
アクセント違うね。とか、スペイン語もイタリア語を話す人なら
大体何を言っているか分かるし、お互いの言語同士で会話できるなどなど、
あげれば本当にキリのないほど、世界のデフォはこんな感じなんです。

歯ぁ浮くな的に格好つけて言えば世界基準の
“グローバルシチズン”はみんな多分そこまで互いの言語は
気にしていない。

そんな感じで言語の呪縛にとらわれていない人達は、
言語に対する抵抗心が柔和なのです。

お互いなーしかわかりゃーええねん。精神。

言語をとったらあなたには結局何が残る?

実際、わいを含め周りのもっと在豪歴の長い
30年40年選手といると「あの人の英語の発音きれいよねー。」とか
言語について話すことなんてほぼ皆無!

それぐらい、ぶっちゃけどーでもよくなってくるんです。

釘を打つのに金槌を使うのと一緒な感じになってくる。
料理するから包丁使う、とか、ツールの一つとして、
自分にだんだん馴染んでくるんです。

で、何を話すかと言えばやっぱり、あそこに納豆売ってたとか、
たらこはどこに売ってるんやろうなーとか、自分の趣味や
お互いの興味のあること!

それと同時に結局、言語を省いたら、どこで勝負せなあかんのか?
どこに人からの焦点や評価、人気が集まるのか?というと
やっぱりその人の個性溢れるアイデアだとか、クリエイティビティ、
何を生み出しているか
、ということによると思います。

これはほんま国籍は問わないと思う。ここ最近。
企業よりももっとマイクロな個人に注目が集まってるし、
アイデアや作ってるものがよければ、人は賛同してくれる。

【コンマリ】という英語の動詞にもなった、
近藤麻理恵さんがいい例だと思います。
彼女も通訳を介してTVに登場するし、言語の重要性は
関係ない。

なので言語ポリスだけのしょーもない人間にならんと
自分の好きな道をじゃんじゃん極めて言ってほしいなと思います。
分野はほんま、なーんでもいいと思う!

ヨガ、ファッション、メイク、ゲームとか将棋
ポーカー、レゴ、チャリ、運動、料理、バイク、
車、アート、写真などなどとにかく自分が楽しいなーと
思う分野を極めるのはどうでしょう?

まー私!言語好き!論文書かなあかんし、発表も
せなあかんしって言う人もいると思うんで、
それはそれでそこを極めて行ってもらったら全然いいんですけど、
完璧な言語を話す/書く事ばっかりに囚われてしまわず、
自分が果たして何が好きなのか、
どういう事だったら輝けるのか。

どういう事やったら日本語以外でも楽しく突き進んで
人にこの事を会話できるやろうとか。

そういう方面にフォーカスを当ててほしいです。

言語問わず自分の周りにいる友達、知人やったら
きっとあなたの事が好きなはずやから(じゃないと、周りにいないと思うので)
あなたがイキイキとあれして、これしてーとかを
話してくれるときっと嬉しいと思います。

ふーん。な場合はその人にその分野に興味がなかっただけで
不発弾的な気持ちに陥った時、もう一歩進んでオタク的な事話したいねん。
というときはそういう人を積極的に見つけるのが得策です。*わいの場合これ

他にも海外で日本人に会いたいんですー。
日本語話したいんですーという名目が一番にない限り
異文化交流会とかは的が広すぎて狙い撃ちができないので、
無駄に時間を過ごすことになったりもすると思うので
その辺は十分見極めて。

特に日本を離れて、あまり他の国の人と交わったりしていない、
外国に行って間もない人ほど、言語ポリスは一旦終了して、
自分は何が好きなのか?ということに焦点を当ててみて
ください。

そっちの方が絶対輝けるし、絶対自分が楽しくなるから!
自分は何が好きなのか、どこに行ったのか、とかそういう
会話のネタにならない事が少なすぎると、会話する時の
ネタに困ります。w 

やっぱね、ネタ作りは必須なんですよ。
大阪人だけに限らず。

他にも他人からどう見られる事とか、一切考えず
何が好きなんかその辺から楽しんでみてください!
オタク分野と言われるものでも全然いいと思う!
わいはその人が没頭できるなにかを持ってる方が
話を聞いてておもろいなーと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

人生の半分が豪州暮らしの日本人(1児の母)が綴るメルボルンでの暮らし。 メルボルンのホットな話題、ローカル達の愛する場所や、現地で買える食材を活かして作る料理など、知って得するおいしいファミリーフレンドリーなメルボルンを紹介します。