HOME、自分の家、と呼べる場所はどこですか?

人生の半分がオーストラリア暮らしになって、
自分のアイデンティティも怪しいものになってきました。

が、ルーの学校が始まって仕事や何やらで毎日バタバタしていると、
そんなことを考える暇も、時間もないのですが、
去年末に聞いたある曲で、わーっと胸熱になりました。

自分の場所かー・・・。どうなんだろう。と
聞くたびに毎回胸熱になる曲があります。
下手したらサビを聞くと毎回涙してるぐらい、
なんかぐぐっとこみ上げてくるものがあります。

ヒップなおされな人からすると、ちょっとダサい的な認識のある曲なので、
毎回涙腺崩壊しそうになる自分はちょっとやばいのか、と思ってしまいますが、
泣いてまうもんはしゃーない、と自分に正直に紹介しようと思います。w

大晦日にThe Night is Yours でゲストのベン・フォールズが歌っていた、
I Still Call Australia Home (オーストラリアが今でも故郷です、的な)。

この番組での選曲はオーストラリアのトップチャートを公募されたので、
この曲も国民的人気の歌。

カンタスのCMや、Telstra等、オーストラリアを代表する企業も使うような曲で、
多分オーストラリア人なら知らない人はいないんじゃないかな。

そんなわけでTVCMなどで絵よく耳にする曲だったので、このメロディ自体は知っていたのですが、
ピーター・アレンという人が歌った曲というのと、彼の生涯の事は全く知りませんでしたが、
ベン・フォールズが歌い終わった後にピーター・アレンとは?というのをスーが教えてくれて、
なんで毎回胸熱だったのか少しわかる気がしました。

I Still Call Australia Homeは1980年に作曲されました。

ピーター・アレンのステージでの衣装がちょっとクイーンのフレディーマーキュリーに似た、
フランボワイヤン(華やかな)な歌手として登場し、その所以で、
当時閉鎖的だったオーストラリアでは能力が発揮できず、ニューヨークや海外で
活躍しました。(大体の豪人有名アーティスト達は当時NYやロンドンに行かざるを得ませんでした。)

お分かりの方もいらっしゃるでしょうが、1964年に一度女性と結婚していますが、
(当時は結婚して有耶無耶にするしかしょうがなかった)70年初頭に離婚して、
それ以降は同性愛者であることをカミングアウトしました。

その後、サンフランシスコで新しいパートナーと過ごし、
結局オーストラリアに帰ることはなく、カリフォルニアで1992年に
エイズ関連の癌が原因で亡くなりました。48歳でした。

時代も変わりその後、ヒュー・ジャックマンが演じたThe Boy From Ozで、
彼の生涯が取り上げられたりしました。

望郷の念は人間みな同じ

何が、毎回そんな胸熱になるのか、と考えたら、
このHOME、ホームのことを思い出させるからなんでしょうね。

わいの日本の実家、家族のいる場所、そしてピーターも同じように、
毎日の暮らしや仕事で忙しくしながらも、ふとした瞬間に故郷、
オーストラリア/日本の事を思い出す事があった、という同じ望郷の念を
謳ったからなんだなーと思いました。

日本では枠内で生きていくのがとても苦手だったし、
メルボルンの方が自分の性格上ではしっくりきているし、
自分でもほぼ半分オーストラリア人だと思ってるんだけど、
故郷の事はやっぱり懐かしく思うもんなんでしょうか。

枠内で生きづらかった、というのは当時同性愛に対する差別が
ひどかったピーターとの生きづらさがわかるからでしょうか。

オーストラリア人は自分のキャリア、特にファイナンスや、
エンジニアリング、エンターテイメント系等は国内市場が小さいので、
どうしても海外に出ることを余儀なくされる場合があるのですが、
今でも下積み期間中等はよく武者修行的にNYやロンドンの大都市に出ることが多かったりします。

そして、ある程度力が着いたら帰ってきたりして、数カ国の間を行き来しながら
仕事する的な感じの人が多いです。ヒューゴ・ウィービング、ケイト・ブランシェット、
ガイ・ピアース等もそんな感じですかね。この3人は未だに国内のTVドラマとかにも
出てきてるんですよ、映画だけでなくて。

で、この中盤歌詞にもある通り、

I’m always travelling
I love being free
And so I keep leaving the sun and the sea
But my heart lies waiting over the foam
I still call Australia home

I Still Call Australia Home lyrics © O/B/O Apra Amcos より 抜粋

(わい意訳)

いつも旅に出ていて、この自由さが好きなんだけど、
(略)でも僕の心はいつもオーストラリアと一緒で、
僕の故郷はオーストラリアだ。

Someday we’ll all be together once more
When all of the ships come back to the shore
I realise something I’ve always known
I still call Australia home

I Still Call Australia Home lyrics © O/B/O Apra Amcos より 抜粋

(わい意訳)

いつかまた一緒に会うだろう。
いつも船が港に戻ってくる頃、毎回分かっていたんだ、
僕の故郷はオーストラリアだってこと。

と、オーストラリア人もそう思ってる人が多かったりするんだろうなー。
地理的に故郷を離れないといけない場合が多いオーストラリア、
ピーター・アレンもそうだったように、わいも勝手に仲間入りしています。笑

特にこの歌詞の部分には毎回ぐぐっときます。
わいの場合はこれを日本と置き換えて考えているんだと思う。

今でも書きながら涙ぽろりしているわいは、一体なんなんだ。笑
ホームシックなのか。

昨日、LINEで送った蟹を妹らとみんなでいただきますー。
めっちゃ美味しいです!来年はうちもここで頼むわーと聞いて、
蟹が食べられなかった事が悔しいのか、なんなのか。笑

望郷の念、いや、蟹の念か。わいの場合?!?!笑

Matildaという大ヒットしたミュージカルのコンポーザー、ティム・ミンチンも
この曲を歌ってました。

大晦日の特番でも出てきてベン・フォールズにバトンタッチしてましたが、
アーティストによって趣が違うのもこの曲が持つ懐の深さというか、
(個人の趣味のバイアス入ってるけどね。笑)面白みです。

2009年にはカンタスも少しアボリジニー要素を交えて
CMを作っています。

こうしてみると、オーストラリアって本当に大きくて、
自然がものすごくあって、まだまだ未開の場所や街がたくさんあり、
見てみたいなーと思う気持ちが強くなります。

海外に住んでいると、家族と離れるという最大の問題がつきまとい、
後、生涯何回家族に会えるのか、と考えると胸が張り裂けそうになりますが、
こればっかりはピーター・アレンと同じく、望郷の念に終わりはなさそうですかね。

音速以上で飛べるような飛行機が開発されてくれると嬉しいですよね。笑

 

 

2 件のコメント

  • もろてんさん、こんばんは!
    初めまして。
    私も大晦日にこのライブを見ていて、この曲を聴いたら胸が熱くなって涙がこぼれそうでした。ぐっとこらえました。
    自分でもどうしちゃったんだろ?と思いましたが、もろてんさんも同じ心境だったんですね!
    ホームシックなんですかね。

    • >ともこさん
      はじめまして。コメントありがとうございます。

      同じ心境ですねー本当!ぐっとこらえましたもん。笑
      ホームと聞いてなんか連想するものがあるんでしょうかね。
      毎回同じ風になるので、困ります。笑

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    人生の半分が豪州暮らしの日本人(1児の母)が綴るメルボルンでの暮らし。 メルボルンのホットな話題、ローカル達の愛する場所や、現地で買える食材を活かして作る料理など、知って得するおいしいファミリーフレンドリーなメルボルンを紹介します。