photo: Anita Austvika

英語を学ぶ者として留学していた時代、
「おー!来てたの!ナイス!あなたはどこのパーティに
行ってもいるね?」と言われていたブリスベン時代のわいには
信じられない事になっていた。

ホームパーティーなどで自分の英語が気になっていた、というのもあるし、
同じ方向性の趣味も何もない人と何話すん?というのが先走ってしまって、
うまく話せなかったりして一人でポツーンとなることも多かった10年ほど前。

スーは他の人とずーっと話し込んでいて全くこちらの事は気にしないし、
行くのが嫌で行かないことが多々あった。

自分だけかな?と思っていたら、案外よく聞く話で、
なんだ、自分は変じゃないのか。と変なところで安心していた時もある。笑

嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え [ 岸見一郎 ]

そんな風に葛藤していた時、いつも身体のメンテでお世話になっている、
けいちゃんからこの「アドラー良かったからあきちゃんも好きかも。
読んでみる?」と本を借りたのがきっかけで、

アドラーーーーーーーーーーー!!!と目からウロコ状態で

結構ハマってしまった。
本が好きなけいちゃんが勧めてくれる身体関連の本は
やっぱりドンピシャにハマってくるので毎回ありがたく借りている。

アドラー心理学入門 よりよい人間関係のために (ベスト新書) [ 岸見一郎 ]

そしたら、ぐるぐると歯車は回り始め、
メルボルンシティ図書館で見つけた、このアドラー心理学入門の方が
もっと分かりやすくて、めちゃくちゃしっくり来た!

アドラー心理学に興味がある人は、多分この入門のやつを読んでから、
嫌われる勇気を読むほうがわかりやすいと思う。
嫌われる勇気は対話形式で話が進んでいくので、
そういうインタビュー形式風な文章が苦手な人は
この入門の方をまずオススメする。

アルフレッド・アドラー 一瞬で自分が変わる100の言葉【電子書籍】[ 小倉広 ]

そして最後にこのアドラーの本を読んだ時に、
当時の自分と昨今の自分を冷静に比べてみることが出来た。

若かった若気の至りで、他人の目が気にならず、
今よりとてつもなくひどかった英語だったけど、人の目が全く
気にならず話していた時代だったんだな、と推測する。

今は逆におばはんになってきた、というのもあって、
他人の目がほとんど気にならなくなってきて、自分は自分、と
割り切れる事の方が多くなってきたので、ある意味20代後半から、
35歳(ルーが生まれるまで)までを振り返ると、よく色んな思いと
葛藤したんだね、自分を褒めてやりたいと思う。w

アドラーの心理学によると、

できない、というのは一つの言い訳であって、
変われないのではなくて、変わりたくない、というのがまず奥底にあるらしい。

おまけに自分のプライドを傷つけたくないから
(本来傷つくことの方が少ないであろう、勝手な本人の妄想による、
認知の歪みの場合が多いらしいのだが)
傷つく前に言い訳を作って、自分を守ろうとしている、と
考えているらしい。

最初これを聞いた時は、なぬーーーーー!?!?!?と
驚いたものだった。言い訳の裏にはそんな自分の考えが
本当はあったんだな、と。

英語がうまく話せない(これも認知の歪みの思い込みというのもある)
というのは一つの言い訳で、もう一つ自分の心の奥底にあるもの=こいつ英語が下手くそだ、と
思われてしまう自分を守りたいという、しょうもないプライドがあるから、
みんなと混ざろうとしない。

という、た・・・たしかにそうなのかもしれない。という
自分の認知の方向性に気づいてからは、気楽になって、
パーティもそこまで悪くないのかも。とまた思い始めてきた。

ロッククライミング付きの誕生日会だった!昭和時代とは違う。(;・∀・)

そして、週末はルーの友達の誕生日会に呼ばれて、
ルーを連れて行った。

同じクラスのお母さんで、いつも目を合わせようとしてくれない人がいて、
アジア人嫌いなのかなんなのか・・・?でもルーにはすごいフレンドリーで、
わいが横にいてもベッラベラ毎回話してくれるし、去年行った他の子の誕生日会でも
ハロウィンの時も話せなかったし、一体なんなんだ・・・????と
わいにとってはずーっと謎の人だった。

でもこの機会にと、一念発起!してみることにした。
この日の自分の課題として彼女と話すことを目標に。

(PMSでちょっとイライラ系でキレやすいにも関わらず頑張ったと思う。笑)

そうして何度か目を合わせようと努力して3回目ぐらいで、
もうだめか!と思われた時に、彼女が逃げられない空間にいたので、笑
そこを狙って行ってみたら、最初5分ほどは全く目を合わせてくれずに
話してくれたけど、最後にはようやく目が合うようになって、

あ。そうか。
彼女も実は人と話すのが苦手な人だったんだな、ということに
気づきました。オージーで英語が話せる人でも、人によっては
人と話すのが苦手な人もそらいるわな、と思い直しました。

photo: Priscilla Du Preez

勝手にオージー=英語が普通に話せる=みんなしゃべり好き。
でもこの人は話してきてくれない、なんでだ???という
自分勝手な常識枠にはめていただけであって、
彼女自身を見ていなかったな、と反省。

これは多分育児にも同じ事が言えて、同じような事を子にしてそうなので、
自戒をこめて、自分枠にはめない。と脳内メモりました。

帰り際にスーに聞いてみたら「俺にも最初そんな感じやったから、
そういう人なんやろうね。」というのを聞いて、オージー同士で
そうなんやったら、あーやっぱり。と再認識。

この自分勝手な常識に人をはめるのは本当やめて、
オーバーアナライズ(過剰分析)するのやめないと
な。

なので、一つ自分の壁を破って周りにいる身近な人と
少し親しくなれて、今度から校門前で会っても、
ハロー!と挨拶できる気がします。w

photo: Priscilla Du Preez

子供ができると、親も子供達と一緒に地域のコミュニティに入って、
色々関わりを持っていかないといけないので、その辺では、
わいみたいに英語がー、とか言ってられない環境になる方が
かえって場数を踏めていい練習になったというのもあるのかも。

子供が出来たから、というのも自分を強く奮い立たせる言い訳になって、
頑張って車の免許取ったり、何かしら強く、自分はこうありたい!と
思わなきゃ自分は変われないのだな、ということにも気づきました。

外国に住むと日本みたいに、周りにまかれながらでも暮らせる、というのが
できなくなるので、自分というものを強く持っておかないと、
結構きついです。自分のチョイスを聞かれる事がすごく多いから。

他にも車の免許はルーが一歳になるまで持っていなかったけど、
あるとやっぱり便利だし、免許がないと一緒にみんなと遊べないから、と
頑張って免許取った!というわいみたいに子供が出来てから、
一念発起したオージー母さん達も何人も見てきました。

これもオージーだからみんなブイブイ乗ってると思うと大間違いね。w
免許ない人も結構いる!

昨日発見したんだけど、スーママのお母さん、いわゆるスーのおばあちゃんも
スーママを子供時代に目の検診で週3でシティに行く事があって、
一念発起で車の免許を取って、その後もずっと乗っていた。と聞いたので、
お母さんって頑張らざるを得ない人種なんだな、と思いました。

スーのばあちゃんと一緒。左利きだったらしいし、
会ったことなかったけど、少し感慨深かったです。

6年間おかん業をやってみて、育児はトライ&エラーの繰り返しで、
自分が今までやってきた&考えていた理想等を完璧に覆される事もあるけれど、
それはそれで受け入れて、あー今回あかんかったーと割り切って、
色々挑戦する方が、後々自分と子供の為にもなっていいんだろうな、と考察します。

逆にあかんやろな、と思ってたけど、意外にイケた。ということも
よく聞くので、なーしか兎にも角にもやってみんとあかん、ということですな。笑

まーこんな風にもう少し楽観的になれたわけですが、
アドラーに出会ってなかったらもっと葛藤していたかな、と思うと、
アドラー!!ありがとう!!!と感謝を言わずにはいられません。

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

ABOUTこの記事をかいた人

人生の半分が豪州暮らしの日本人(1児の母)が綴るメルボルンでの暮らし。 メルボルンのホットな話題、ローカル達の愛する場所や、現地で買える食材を活かして作る料理など、知って得するおいしいファミリーフレンドリーなメルボルンを紹介します。